惑星と月

スノーボールアース

全球凍結とは、地球表面がほとんどすべて凍りついてしまうという気候状態であり、その規模や影響から言っても地球史の中でも最もドラマテックなイベントであるといえます。この全球凍結は、今から約22億年前、7億年前、6億年前の少なくとも3回生じたと考えられており、我々グループは、特に22億年前(原生代初期)の全球凍結に注目して研究を進めています。というのも、この全球凍結イベントが、実は、大気中の酸素の増大と深く関連していると考えているからです。

地球の大気中の酸素は、45億年の間に静々と増えてきたわけではなく、何度かのトランジッションの際に急激に増加してきたと考えられています。特に、今から約25―20億年前の“大酸化イベント”と呼ばれる時期には、光合成生物の活動が非常に活発になり、現在の大気酸素量の数倍から20倍という膨大な酸素が放出されたとも言われています。放出された酸素は、表層の物質を酸化し(オーストラリアなどにある鉄鋼床は、海水中の鉄イオンが酸化され、鉄さびになって沈殿した証拠と考えられています)、生態系を一変させます(我々にとって必要不可欠な酸素も、当時繁栄していた原始的生物にとっては猛毒です)。
この大酸化イベントはなぜ起きたのでしょうか?その謎に迫る鍵は、全球凍結にあるかもしれません。なぜなら、この大酸化イベントの開始時期が、原生代初期全球凍結の終了時期にほぼ相当するからです。この地球史上でもユニークな2つのイベントの因果関係を明らかにすべく、我々は北米(カナダ、アメリカ)五大湖地域、及び北欧(フィンランド)の地質調査及び試料の分析を進めています。その結果、全球凍結後の環境変動に関して次の2点が明らかになりました。1つは、同位体的に非常に軽い炭素が、氷河期後に大量に大気・海洋に供給されたこと、2つめは、軽い炭素の供給にあわせて急激な大陸風化が進んでいる(地表気温の上昇)ということです。そして大酸化イベントは、軽い炭素の供給と温暖化の後に開始しているのです。軽い炭素の供給と温暖化という2つの地質的証拠を最もよく説明するのは、メタンハイドレートの崩壊です。メタンハイドレートとは、箱状の水氷の結晶内部にメタンガスが閉じ込められたもので、閉じ込められたメタンは同位体的に非常に軽いということが知られています。また、メタンハイドレートが崩壊して、温室効果ガスであるメタンが大気に放出されれば、地表気温は上昇することが予想されます。

我々の描く全球凍結後の表層環境変動のシナリオは、以下のようなものです。今から22億年前、地球は表面の大部分が氷で覆われる大氷河期を迎えていました。当時はまだ酸素濃度が低く、極寒の貧酸素状態の海洋に豊富に存在したメタンは、メタンハイドレートとして水氷の中に大量に貯蓄されていきました。やがて氷河期が終わると、メタンハイドレートが崩壊しメタンが放出されます。最初のメタンの放出は、急激な温暖化とそれに伴うさらなるメタンハイドレートの崩壊を呼び、暴走的に温暖化が進行します。メタンの放出による超温室状態では、大陸の化学風化が盛んになります。その結果、大陸性の栄養塩が大量に海洋に供給され、光合成生物の活動の活発化と酸素放出、つまりは大酸化イベントの引き金になったのかもしれません。
全球凍結は、提唱以来多くの研究者の間で議論を巻き起こし、それはさらにヒートアップしているようにさえ思います。過去の変動の謎を解こうとする作業は、刑事ドラマにある事件の推理に似ています。分析したデータや、他の研究者のデータをジグソーパズルのように並べ、全体のシナリオを論理的に推理します。刑事ドラマと違うのは、犯人が自供しないところであり、全てのパズルピースが揃うことはないので、事件の真相を完全に解明することは不可能である点です。しかしだからこそ、地球史上最大のミステリーである全球凍結は、多くの人を飽く事無く魅了し続けているのかもしれません。

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(22億年前の氷河性堆積物層に含まれる“ドロップストーン(左のピンク色の礫)”(カナダ、オンタリオ州)。大氷河期の終わりに氷が一気に溶けだし、大陸を削りながら海にながれこんだ。その時、氷山の底から海洋底に、ポトリと落ちた大陸のかけらである。)

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(アメリカ、ミシガン州での地質調査風景。このあたりは丁度、氷河期後、酸素の大放出があったと考えられる地層が露出している。)

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(全球凍結状態の地球。想像図。「詩人をいじめると詩が生まれるように、科学者をいじめるといろいろな発明や発見が生まれる(寺田寅彦)」生命はいじめられた結果、酸素を生みだした?)